友達からマルチ商法に勧誘された話

数年前、高校以来の友達からマルチ商法に勧誘された。

 

 

彼とは部活が同じで、大学に入ってからも交友関係が続いていた。というか、大学に入ってからの方が、お互い酒好きで喫煙者という共通点ができたので、よく会っていたと思う。

酒に強い人間で、夕方からノンストップで飲み続け、日を跨ぐ頃になってもケロッとしていることが多かった。

会計時に、2人でビールを30杯頼んでいたことに驚いた記憶もある。私は強くも弱くもない凡人なので、彼が20杯くらい飲んでいたんだと思う。およそ8リットルである。意味がわからない

 

酒と同じくらい沖縄が好きな人で、卒業したら沖縄の役所に勤めてのんびり暮らしたいと話していた。

言葉通り、卒業した後に彼は沖縄に行った。役所には行けなかったそうだが、サービス業に就き、多忙ながらも気ままな生活を送れているようだった。休みの日は酒を飲みながら釣りをして、ある時スマホを海に落としたらしい。あほかな?

 

 

卒業後はたまに連絡を取っていたが、自然にやがて疎遠になり、数年前の私の誕生日、彼から電話が来た。

誕生日を覚えているような粋なやつだったかな、と思いながら電話に出た。

お互いの近況報告を話し終えたあと、彼は公務員試験の勉強は今はせず、人脈を広げることに尽力していると話し始めた。

理由を訊くと、役所に入ってもコネがないと上には行けず、上に行くためには予めコネを作ってから入る必要があるとのことだった。

 

試験勉強をすることとは話が違くないか?と思いながらも聞いていると、唐突に「お前の会社、福利厚生ちゃんとしてるか?」と言われた。

なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ、と思いながらも、弊社のカスっぷりをお話ししたところ、彼は現在、福利厚生を「良くする」団体に所属していると言った。

既に左右のリールには7が灯っている。不安8割楽しみ2割で続きを待つと、彼は「お前も入って友達を入れてくれればお金が入るんだけど〜」と言い放った。ビンゴ。対戦ありがとうございました。

 

仕組みを訊くとマルチ商法そのもので、2人勧誘すると自分に金が流れる形ができ、その2人がさらに勧誘して人を増やすことでさらに増え……という話だった。

学生時代の友人で声をかけたのは私だけ、始めて間もないらしかったので、なんとか止められないかと考えた。

「それってマルチじゃない?」と探りを入れたところ、「仕組みはそうだな」と返ってきた。仕組みがそうならマルチだよ。

数ヶ月後にその組織の会合のために東京に行くから飲もう、その前に新規のための説明会があるから行ってみてくれ、と言うので、私は腹を括った。

説明会に行き、いかに組織がやべーかを説いてやろうじゃないか。とんでもない誕生日プレゼントを貰ったものである。

 

 

説明会には、いかにも幸せです!みたいな顔をした人がたくさんいた。初めて参加することを告げると、会場の最前列に座らされた。あまりにもしょうもなかったら途中で帰ろうと思っていた私は、退路を断たれてしまった。

初見は大体が会員同伴で来るらしく、私の隣に座った初参加の人も、知り合いであろう会員の人から、やたら熱心に説明の補足をされていた。

100人くらいが入った会場で、組織のお偉いさんたちがスライドとともに説明していくという形式だったが、初っ端から毒気を抜かれる出来事があった。

 

最初の説明は、日本の現状を語るというもので、まず、1920年代・60年代・2000年代の人口ピラミッドが示された。ふんふんと聞いていたが、なぜか2000年代の人口ピラミッドが映った瞬間、おお〜という歓声とともに、拍手が沸き起こったのである。

はっきり言ってこわい。社会の授業中、先生が人口ピラミッドの説明をしたら拍手が沸き起こるだろうか。

何に感嘆しているのか1ミリも共感できないまま、説明会は進んでいった。ことあるごとに歓声と拍手。熱心に説明される隣の席の人。地獄?

頭が痛くなりながら、配られた冊子を読み進める。アピールポイントである福利厚生については、なるほど聞こえの良い文章が並んでおり分かりやすいが、肝心のお金周りのシステムについては、およそ人に理解させる気のない難解な図が続いていた。マルチ商法としてあるべき姿に思える。

 

その後も、組織内の活動だけで月収ウン百万だの、眉唾な話が続いていたが、説明と冊子を合わせてようやくおおよそを把握することができた。

原資は協賛企業と会員の月額からなっており、協賛企業と会員には、福利厚生として旅行のクーポンといったオトクなものが還元される。

自身が勧誘して組織の人数が増えると、次第にランクが上がり、月額以上にキャッシュバックが生まれるようになる。

ただでさえ福利厚生があるのに、お金も増えてお得!という説明だった。こわいね。

 

高ランクに多額のお金を渡しているなら、その原資は、元を辿れば低ランクの会員費だ。

低ランクの会員費に見合う福利厚生が提供されているなら、組織に入るお金は差し引きゼロ、高ランクに払うお金など生まれない。

協賛企業についても同様だが、企業に対しては、さすがにもう少し良い還元をしているのかもしれない。まあ、そもそも企業がどの程度出資しているのかも、一切説明はなかったのだけれど。

 

 

とりあえず、絵に描いたようなマルチ商法の図式が出来上がっていることがわかった。

もう少し詳しい仕組みを見てみると、自分に流れてくるお金は、自分を起点として最も会員数の多い2本から計算されるらしい。

誰かが会員を辞めた場合、そこから先の会員は全て計算から除外される。

自分が10人勧誘したとしても、その時点では2人と換算される。その後、10人がそれぞれ勧誘することになるが、自分に流れるお金は上位2人が勧誘した数を元に計算される。

1人が30人、もう1人が20人、他の8人が各10人集めても、その時点では52人。増える会員数に対して旨みが少なすぎる。

 

ランクは、自分を起点とした会員が何人、といった形で分けられている。

ランクにより得られるお金と、自分を起点した会員数を元に計算し得られるお金は別物のため、ランクが上がらないとしても、会員を増やすことには意味がある、らしい。

同じものを基準にしているのに、分ける必要があるのだろうか。

 

会員の種類にも、ただ会員費を払って福利厚生を受ける会員と、上に書いたような勧誘した人数によるキャッシュバックを受けられる会員がある。

会員費が違うのは当然として、受けられる福利厚生も違ければ、ランクアップの基準も違う。なにしろ分岐が多すぎるのである。

 

 

ともあれ、友人の目標が現実的かどうかは検討する必要がある。

帰宅した私は、早速友人に連絡し、目標月額と、何人に1人が勧誘になると見ているかを訊いた。月額は30万くらい、2,3人に1人は会員になってくれると見込んでいるらしい。タピオカミルクティーより甘い。

 

計算してみると、なるほど2,3人に1人が勧誘されるなら、月額30万円は実現できる。

だが、実際はいいとこ10人20人に1人だろう。試しに10人に1人で計算してみると、30万円に届く前に日本の人口を超えた。マルチ商法おそるべしである。

 

年末、私はこの計算を表にまとめたエクセルを印刷して友人と会った。そこで、彼が組織に入ったいきさつを聞いた。

彼には長く付き合っている彼女がいたが、ある時組織の会員である女の子と仲良くなり、セフレになったことをきっかけに入会したらしい。その後、彼女にも会員になることを薦め、今は3人とも会員だそうだ。爛れすぎだろ

 

私は表を取り出し、いかにマルチ商法が現実的でないかを説明したが、やはり2,3人に1人は勧誘を受けると信じる彼にはいまいち響かなかった。

とはいえ、私が断ったことで、東京方面で広めることがやや難しいと感じているらしく、最終的に、1年やってみて無理なら諦めるという話になった。

 

久しぶりに会ったということもあり、長いこと飲んだ結果、お互い終電を逃した。

どちらが言い出したか、歩いて家まで帰ろうということになった。

学生時代はこんなバカなことやってたな、またアイツともこんな感じで飲める間柄に戻れたらいいな、と思いながら、私は13kmを歩いて帰宅した。

 

今は彼と連絡が取れない。

共通の友人が沖縄に行った際に会ったらしく、まあ元気に生きているならそれでいいのだが、真っ当に公務員を目指すようになっていてほしいと願うばかりである。